びたのと、尖《とが》って黒い鼻の高いのが認められた。衣は潮垂れてはいないが、潮は足あとのように濡れて、砂浜を海方《うみて》へ続いて、且つその背のあたりが連《しき》りに息を吐《つ》くと見えて、戦《わなな》いているのである。
心弱き女房も、直ちにこれを、怪しき海の神の、人を漁《あさ》るべく海から顕《あら》われたとは、余り目《ま》のあたりゆえ考えず。女房は、ただ総毛立った。
けれども、厭《いや》な、気味の悪い乞食坊主《こじきぼうず》が、村へ流れ込んだと思ったので、そう思うと同時に、ばたばたと納戸へ入って、箪笥《たんす》の傍《そば》なる暗い隅へ、横ざまに片膝《かたひざ》つくと、忙《せわ》しく、しかし、殆《ほと》んど無意識に、鳥目《ちょうもく》を。
早く去《い》ってもらいたさの、女房は自分も急いで、表の縁へするすると出て、此方《こなた》に控えながら、
「はい、」
という、それでも声は優しい女。
薄黒い入道は目を留めて、その挙動《ふるまい》を見るともなしに、此方《こなた》の起居《たちい》を知ったらしく、今、報謝をしようと嬰児《あかご》を片手に、掌《て》を差出したのを見も迎えないで、大儀ら
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