》をがッくり、爪尖《つまさき》に蠣殻《かきがら》を突ッかけて、赤蜻蛉《あかとんぼ》の散ったあとへ、ぼたぼたと溢《こぼ》れて映る、烏の影へ足礫《あしつぶて》。
「何をまたカオカオだ、おらも玩弄物を、買お、買おだ。」
 黙って見ている女房は、急にまたしめやかに、
「だからさ、三ちゃん、玩弄物も着物も要らないから、お前さん、漁師でなく、何ぞ他《ほか》の商売をするように心懸けておくんなさいよ。」という声もうるんでいた。
 奴《やっこ》ははじめて口を開け、けろりと真顔で向直って、
「何だって、漁師を止《や》めて、何だって、よ。」
「だっても、そんな様子じゃ、海にどんなものが居ようも知れない、ね、恐《こわ》いじゃないか。
 内の人や三ちゃんが、そうやって私たちを留守にして海へ漁をしに行ってる間に、あらしが来たり浪が来たり、そりゃまだいいとして、もしか、あの海から上って私たちを漁しに来るものがあったらどうしよう。貝が殻へかくれるように、家《うち》へ入って窘《すく》んでいても、向うが強ければ捉《つか》まえられるよ。お浜は嬰児《あかんぼ》だし、私はこうやって力がないし、それを思うとほんとに心細くってなら
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