も、千代《ちよ》万代《よろずよ》の末かけて、巌《いわお》は松の緑にして、霜にも色は変えないのである。
 さればこそ、松五郎。我が勇《いさま》しき船頭は、波打際の崖をたよりに、お浪という、その美しき恋女房と、愛らしき乳児《ちのみ》を残して、日ごとに、件《くだん》の門《かど》の前なる細路へ、衝《つ》とその後姿、相対《あいむか》える猛獣の間に突立《つった》つよと見れば、直ちに海原《うなばら》に潜《くぐ》るよう、砂山を下りて浜に出て、たちまち荒海を漕《こ》ぎ分けて、飛ぶ鴎《かもめ》よりなお高く、見果てぬ雲に隠るるので。
 留守はただ磯《いそ》吹く風に藻屑《もくず》の匂《にお》いの、襷《たすき》かけたる腕《かいな》に染むが、浜百合の薫《かおり》より、空燻《そらだき》より、女房には一際《ひときわ》床《ゆか》しく、小児《こども》を抱いたり、頬摺《ほおずり》したり、子守唄うとうたり、つづれさしたり、はりものしたり、松葉で乾物《ひもの》をあぶりもして、寂しく今日を送る習い。
 浪の音には馴《な》れた身も、鶏《とり》の音《ね》に驚きて、児《こ》と添臥《そいぶし》の夢を破り、門《かど》引《ひ》きあけて隈《く
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