びたのと、尖《とが》って黒い鼻の高いのが認められた。衣は潮垂れてはいないが、潮は足あとのように濡れて、砂浜を海方《うみて》へ続いて、且つその背のあたりが連《しき》りに息を吐《つ》くと見えて、戦《わなな》いているのである。
心弱き女房も、直ちにこれを、怪しき海の神の、人を漁《あさ》るべく海から顕《あら》われたとは、余り目《ま》のあたりゆえ考えず。女房は、ただ総毛立った。
けれども、厭《いや》な、気味の悪い乞食坊主《こじきぼうず》が、村へ流れ込んだと思ったので、そう思うと同時に、ばたばたと納戸へ入って、箪笥《たんす》の傍《そば》なる暗い隅へ、横ざまに片膝《かたひざ》つくと、忙《せわ》しく、しかし、殆《ほと》んど無意識に、鳥目《ちょうもく》を。
早く去《い》ってもらいたさの、女房は自分も急いで、表の縁へするすると出て、此方《こなた》に控えながら、
「はい、」
という、それでも声は優しい女。
薄黒い入道は目を留めて、その挙動《ふるまい》を見るともなしに、此方《こなた》の起居《たちい》を知ったらしく、今、報謝をしようと嬰児《あかご》を片手に、掌《て》を差出したのを見も迎えないで、大儀らしく、かッたるそうに頭《つむり》を下に垂れたまま、緩《ゆる》く二ツばかり頭《かぶり》を掉《ふ》ったが、さも横柄《おうへい》に見えたのである。
また泣き出したを揺《ゆす》りながら、女房は手持無沙汰《てもちぶさた》に清《すず》しい目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》ったが、
「何ですね、何が欲《ほし》いんですね。」
となお物貰《ものもら》いという念は失《う》せぬ。
ややあって、鼠《ねずみ》の衣の、どこが袖ともなしに手首を出して、僧は重いもののように指を挙げて、その高い鼻の下を指した。
指すとともに、ハッという息を吐《つ》く。
渠《かれ》飢えたり矣。
「三ちゃん、お起きよ。」
ああ居てくれれば可《よ》かった、と奴《やっこ》の名を心ゆかし、女房は気転らしく呼びながら、また納戸へ。
十四
強盗《ごうとう》に出逢《であ》ったような、居もせぬ奴《やっこ》を呼んだのも、我ながら、それにさへ、動悸《どうき》は一倍高うなる。
女房は連《しき》りに心急《こころせ》いて、納戸に並んだ台所口に片膝つきつつ、飯櫃《めしびつ》を引寄せて、及腰《およびごし》に手桶《
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