蘆に潜《ひそ》むか、と透《す》かしながら、今度は心してもう一歩《ひとあし》。続いて、がたがたと些《ち》と荒く出ると、拍子《ひょうし》に掛かって、きりきりきり、きりりりり、と鳴き頻《しき》る。
 熟《じっ》と聞きながら、うかうかと早《は》や渡り果てた。
 橋は、丸木を削《けず》って、三、四本並べたものにすぎぬ。合せ目も中透《なかす》いて、板も朽ちたり、人通りにはほろほろと崩《くず》れて落ちる。形《かたち》ばかりの竹を縄搦《なわから》げにした欄干《てすり》もついた、それも膝《ひざ》までは高くないのが、往《ゆ》き還《かえ》り何時《いつ》もぐらぐらと動く。橋杭《はしぐい》ももう痩《や》せて――潮入《しおい》りの小川の、なだらかにのんびりと薄墨色《うすずみいろ》して、瀬は愚か、流れるほどは揺れもしないのに、水に映る影は弱って、倒《さかさま》に宿る蘆《あし》の葉とともに蹌踉《よろよろ》する。
 が、いかに朽ちたればといって、立樹《たちき》の洞《ほら》でないものを、橋杭に鳥は棲《す》むまい。馬の尾に巣くう鼠《ねずみ》はありと聞けど。
「どうも橋らしい」
 もう一度、試みに踏み直して、橋の袂《たもと》へ乗り返すと、跫音《あしおと》とともに、忽《たちま》ち鳴き出す。
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(きりきりきり、きりりりりり……)
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 あまり爪尖《つまさき》に響いたので、はっと思って浮足で飛び退《すさ》った。その時は、雛《ひな》の鶯《うぐいす》を蹂《ふ》み躙《にじ》ったようにも思った、傷々《いたいた》しいばかり可憐《かれん》な声かな。
 確かに今乗った下らしいから、また葉を分けて……ちょうど二、三日前、激しく雨水の落とした後《あと》の、汀《みぎわ》が崩《くず》れて、草の根のまだ白い泥土《どろつち》の欠目《かけめ》から、楔《くさび》の弛《ゆる》んだ、洪水《でみず》の引いた天井裏見るような、横木《よこぎ》と橋板《はしいた》との暗い中を見たが何《なに》もおらぬ。……顔を倒にして、捻《ね》じ向いて覗《のぞ》いたが、ト真赤な蟹《かに》が、ざわざわと動いたばかり。やどかりはうようよ数珠形《じゅずなり》に、其処《そこ》ら暗い処《ところ》に蠢《うごめ》いたが、声のありそうなものは形もなかった。
 手を払って、
「ははあ、岡沙魚《おかはぜ》が鳴くんだ」
 と独りで笑った。

    
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