》の根を揺《ゆ》すぶる、……ゆらゆら揺すぶる。一揺《ひとゆ》り揺れて、ざわざわと動くごとに、池は底から浮き上がるものに見えて、しだいに水は増して来た。映《うつ》る影は人も橋も深く沈んだ。早《は》や、これでは、玄武寺《げんむじ》を倒《さかさ》に投げうっても、峰《みね》は水底《みなそこ》に支《つか》えまい。
蘆のまわりに、円《まろ》く拡がり、大洋《わたつみ》の潮《うしお》を取って、穂先に滝津瀬《たきつせ》、水筋《みすじ》の高くなり行《ゆ》く川面《かわづら》から灌《そそ》ぎ込《こ》むのが、一揉《ひとも》み揉んで、どうと落ちる……一方口《いっぽうぐち》[#「一方口《いっぽうぐち》」は底本では「方口《いっぽうぐち》」]のはけ路《みち》なれば、橋の下は颯々《さっさっ》と瀬になって、畦《あぜ》に突き当たって渦《うず》を巻くと、其処《そこ》の蘆は、裏を乱《みだ》して、ぐるぐると舞うに連れて、穂綿が、はらはらと薄暮《うすくれ》あいを蒼《あお》く飛んだ。
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(さっ、さっ、さっ、
しゅっ、しゅっ、しゅっ、
エイさ、エイさ!)
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と矢声《やごえ》を懸けて、潮《しお》を射て駈《か》けるがごとく、水の声が聞きなさるる。と見ると、竜宮の松火《たいまつ》を灯《とも》したように、彼の身体《からだ》がどんよりと光を放った。
白い炎が、影もなく橋にぴたりと寄せた時、水が穂に被《かぶ》るばかりに見えた。
ぴたぴたと板が鳴って、足がぐらぐらとしたので私《わたし》は飛び退《の》いた。土に下りると、はや其処に水があった。
橋がだぶりと動いた、と思うと、海月は、むくむくと泳ぎ上がった。水はしだいに溢《あふ》れて、光物《ひかりもの》は衝々《つつ》と尾を曳《ひ》く。
この動物は、風の腥《なまぐさ》い夜《よ》に、空《そら》を飛んで人を襲うと聞いた……暴風雨《あらし》の沖には、海坊主《うみぼうず》にも化《ばけ》るであろう。
逢魔《おうま》ヶ時を、慌《あわただ》しく引き返して、旧《もと》来た橋へ乗る、と、
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(きりりりり)
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と鳴った。この橋はやや高いから、船に乗った心地《ここち》して、まず意《こころ》を安んじたが、振り返ると、もうこれも袂《たもと》まで潮《しお》が来て、海月はひたひたと詰め寄せた。が、さすがに、
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