、風邪を引くと不可《いけ》ません。」
弥吉は親方の吩咐《いいつけ》に註を入れて、我ながら旨《うま》く言ったと思ったが、それでもなお応じないから、土間の薄暗い中をきょろきょろと※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》したが、密《そっ》と、框《かまち》に手をついて、及腰《およびごし》に、高慢な顔色《かおつき》で内を透《すか》し、
「かりん糖でござい、評判のかりん糖!」と節をつけて、
「雨が降ってもかりかりッ、」
どんなものだ、これならば顕《あらわ》れよう、弥吉は菊枝とお縫とが居ない振《ふり》でかつぐのだと思うから、笑い出すか、噴き出すか、くすくす遣《や》るか、叱るかと、ニヤニヤ独《ひとり》で笑いながら、耳を澄《すま》したけれども沙汰《さた》がない、時計の音が一分ずつ柱を刻んで、潮《うしお》の退《ひ》くように鉄瓶の沸《に》え止《や》む響《ひびき》、心着けば人気勢《ひとけはい》がしないのである。
「可笑《おか》しいな、」と独言《ひとりごと》をしたが、念晴しにもう一ツ喚《わめ》いてみた。
「へい、かりん糖でござい。」
それでも寂寞《ひっそり》、気のせいか灯《あかり》も陰気らしく
前へ
次へ
全50ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング