》えてみた。
「お嬢さん、盗賊《どろぼう》?」と弥吉は耐《たま》りかねて頓興《とんきょう》な声を出す。
「待って頂戴。」
 お縫は自らおのが身を待たして、蓋を引いたままじっとして勝手許《かってもと》に閉《しま》っている一枚の障子を、その情の深い目で瞶《みつ》めたのである。

       四

「弥吉どん。」
「へい、」
「おいで、」と言うや否や、ずいと立って件《くだん》の台所《だいどこ》の隔ての障子。
 柱に掴《つかま》って覗《のぞ》いたから、どこへおいでることやらと、弥吉はうろうろする内に、お縫は裾《すそ》を打って、ばたばたと例の六畳へ取って返した。
 両三度あちらこちら、ものに手を触れて廻ったが、台洋燈《だいランプ》を手に取るとやがてまた台所。
 その袂《たもと》に触れ、手に触り、寄ったり、放れたり、筋違《すじちがい》に退《の》いたり、背後《うしろ》へ出たり、附いて廻って弥吉は、きょろきょろ、目ばかり煌《きらめ》かして黙然《だんまり》で。
 お縫は額さきに洋燈《ランプ》を捧げ、血が騒ぐか細おもての顔を赤うしながら、お太鼓の帯の幅ったげに、後姿で、すっと台所へ入った。
 と思うと、湿《しめり》ッけのする冷い風が、颯《さっ》と入り、洋燈の炎尖《ほさき》が下伏《したぶし》になって、ちらりと蒼《あお》く消えようとする。
 はっと袖で囲ってお縫は屋根裏を仰ぐと、引窓が開《あ》いていたので、煤《すす》で真黒《まっくろ》な壁へ二条《ふたすじ》引いた白い縄を、ぐいと手繰ると、かたり。
 引窓の閉まる拍子に、物音もせず、五|分《ぶ》ばかりの丸い灯は、口金から根こそぎ殺《そ》いで取ったように火屋《ほや》の外へふッとなくなる。
「厭《いや》だ、消しちまった。」
 勝手口は見通しで、二十日に近い路地の月夜、どうしたろう、ここの戸は閉《しま》っておらず、右に三軒、左に二軒、両側の長屋はもう夜中で、明《あかる》い屋根あり、暗い軒あり、影は溝板《どぶいた》の処々、その家もここも寂寞《ひっそり》して、ただ一つ朗かな蚯蚓《みみず》の声が月でも聞くと思うのか、鳴いている。
 この裏を行抜《ゆきぬ》けの正面、霧の綾《あや》も遮らず目の届く処に角が立った青いものの散《ちらば》ったのは、一軒飛離れて海苔粗朶《のりそだ》の垣を小さく結った小屋で剥《む》く貝の殻で、その剥身《むきみ》屋のうしろに、薄霧のか
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