の事に、自分さえなかったら、木登りをしても学問の思いは届こうと、それを繰返していたのであるから。
 幸《さいわい》に箸箱《はしばこ》の下に紙切が見着かった――それに、仮名《かな》でほつほつと(あんじまいぞ。)と書いてあった。
 祖母《としより》は、その日もおなじほどの炎天を、草鞋穿《わらじばき》で、松任《まっとう》という、三里隔った町まで、父が存生《ぞんしょう》の時に工賃の貸がある骨董屋《こっとうや》へ、勘定を取りに行ったのであった。
 七十の老《としより》が、往復六里。……骨董屋は疾《とう》に夜遁《よに》げをしたとやらで、何の効《かい》もなく、日暮方《ひぐれがた》に帰ったが、町端《まちはずれ》まで戻ると、余りの暑さと疲労《つかれ》とで、目が眩《くら》んで、呼吸《いき》が切れそうになった時、生玉子を一個《ひとつ》買って飲むと、蘇生《よみがえ》った心地がした。……
「根気《こん》の薬じゃ。」と、そんな活計《くらし》の中から、朝ごとに玉子を割って、黄味も二つわけにして兄弟へ……
 萎《しお》れた草に露である。
 ――今朝も、その慈愛の露を吸った勢《いきおい》で、謹三がここへ来たのは、金石の
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