爪立てているのである。
いや、ただ学資ばかりではない。……その日その日の米|薪《まき》さえ覚束《おぼつか》ない生活の悪処に臨んで、――実はこの日も、朝飯《あさ》を済ましたばかりなのであった。
全焼《まるやけ》のあとで、父は煩って世を去った。――残ったのは七十に近い祖母と、十ウばかりの弟ばかり。
父は塗師職《ぬししょく》であった。
黄金無垢《きんむく》の金具、高蒔絵《たかまきえ》の、貴重な仏壇の修復をするのに、家に預ってあったのが火になった。その償いの一端にさえ、あらゆる身上《しんしょう》を煙《けむ》にして、なお足りないくらいで、焼あとには灰らしい灰も残らなかった。
貧乏寺の一間を借りて、墓の影法師のように日を送る。――
十日ばかり前である。
渠《かれ》が寝られぬ短夜《みじかよ》に……疲れて、寝忘れて遅く起きると、祖母《としより》の影が見えぬ……
枕頭《まくらもと》の障子の陰に、朝の膳《ぜん》ごしらえが、ちゃんと出来ていたのを見て、水を浴びたように肝《きも》まで寒くした。――大川も堀も近い。……ついぞ愚痴《ぐち》などを言った事のない祖母《としより》だけれど、このごろの余り
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