《くわ》えながら、枝を透かして仰ぐと、雲の搦《から》んだ暗い梢は、ちらちらと、今も紫の藤が咲くか、と見える。
三
「――あすこに鮹が居ます――」
とこの高松の梢に掛《かか》った藤の花を指《ゆびさ》して、連《つれ》の職人が、いまのその話をした時は……
ちょうど藤つつじの盛《さかり》な頃を、父と一所に、大勢で、金石の海へ……船で鰯網《いわしあみ》を曵《ひ》かせに行《ゆ》く途中であった……
楽しかった……もうそこの茶店で、大人たちは一度|吸筒《すいづつ》を開いた。早や七年も前になる……梅雨晴の青い空を、流るる雲に乗るように、松並木の梢を縫って、すうすうと尾長鳥が飛んでいる。
長閑《のどか》に、静《しずか》な景色であった。
と炎天に夢を見る様に、恍惚《うっとり》と松の梢に藤の紫を思ったのが、にわかに驚く! その次なる烏賊の芸当。
鳶職《とび》というのを思うにつけ、学生のその迫った眉はたちまち暗かった。
松野謹三、渠《かれ》は去年の秋、故郷《ふるさと》の家が焼けたにより、東京の学校を中途にして帰ったまま、学資の出途《しゅっと》に窮するため、拳《こぶし》を握り、足を
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