隅に、松の根に立った娘がある。……手にも掬《むす》ばず、茶碗にも後《おく》れて、浸して吸ったかと思うばかり、白地の手拭の端を、莟《つぼ》むようにちょっと啣《くわ》えて悄《しお》れた。巣立の鶴の翼を傷《いた》めて、雲井の空から落ちざまに、さながら、昼顔の花に縋《すが》ったようなのは、――島田髭《しまだ》に結って、二つばかり年は長《た》けたが、それだけになお女らしい影を籠《こ》め、色香を湛《たた》え、情《なさけ》を含んだ、……浴衣は、しかし帯さえその時のをそのままで、見紛《みまが》う方なき、雲井桜の娘である。

       七

 ――お前たち。渡した小遣《こづかい》。赤い西瓜。皆の身体《からだ》。大金――と渦のごとく繰返して、その娘のおなじように、おなじ空に、その時瞳をじっと据えたのを視《み》ると、渠《かれ》は、思わず身を震わした。
 面《おもて》を背けて、港の方《かた》を、暗くなった目に一目仰いだ時である。
「火事だ、」謹三はほとんど無意識に叫んだ。
「火事だ、火事です。」
 と見る、偉大なる煙筒《えんとつ》のごとき煙の柱が、群湧《むらがりわ》いた、入道雲の頂へ、海ある空へ真黒《まっ
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