と、静《しずか》に身を起して立ったのは――更《あらた》めて松の幹にも凭懸《よりかか》って、縋《すが》って、あせって、煩《もだ》えて、――ここから見ゆるという、花の雲井をいまはただ、蒼《あお》くも白くも、熟《じっ》と城下の天の一方に眺めようとしたのであった。
 さりとも、人は、と更《あらた》めて、清水の茶屋を、松の葉|越《ごし》に差窺《さしうかが》うと、赤ちゃけた、ばさらな銀杏返《いちょうがえし》をぐたりと横に、框《かまち》から縁台へ落掛《おちかか》るように浴衣の肩を見せて、障子の陰に女が転がる。
 納戸へ通口《かよいぐち》らしい、浅間《あさま》な柱に、肌襦袢《はだじゅばん》ばかりを着た、胡麻塩頭《ごましおあたま》の亭主が、売溜《うりだめ》の銭箱の蓋《ふた》を圧《おさ》えざまに、仰向けに凭《もた》れて、あんぐりと口を開けた。
 瓜畑を見透《みとお》しの縁――そこが座敷――に足を投出して、腹這《はらば》いになった男が一人、黄色な団扇《うちわ》で、耳も頭もかくしながら、土地の赤新聞というのを、鼻の下に敷いていたのが、と見る間に、二ツ三ツ団扇ばかり動いたと思えば、くるりと仰向けになった胸が、臍
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