は滝)小さな滝の名所があるのに対して、これを義経《よしつね》の人待石《ひとまちいし》と称《とな》うるのである。行歩《こうほ》健《すこや》かに先立って来たのが、あるき悩んだ久我《くが》どのの姫君――北の方《かた》を、乳母《めのと》の十郎|権《ごん》の頭《かみ》が扶《たす》け参らせ、後《おく》れて来るのを、判官がこの石に憩って待合わせたというのである。目覚しい石である。夏草の茂った中に、高さはただ草を抽《ぬ》いて二三尺ばかりだけれども、広さおよそ畳を数えて十五畳はあろう、深い割目《われめ》が地の下に徹《とお》って、もう一つ八畳ばかりなのと二枚ある。以前はこれが一面の目を驚かすものだったが、何の年かの大地震に、坤軸《こんじく》を覆して、左右へ裂けたのだそうである。
 またこの石を、城下のものは一口に呼んで巨石《おおいし》とも言う。
 石の左右に、この松並木の中にも、形の丈の最も勝《すぐ》れた松が二株あって、海に寄ったのは亭々《ていてい》として雲を凌《しの》ぎ、町へ寄ったは拮蟠《きっはん》して、枝を低く、彼処《かしこ》に湧出《わきい》づる清水に翳《かざ》す。……
 そこに、青き苔《こけ》の滑《
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