に尋常に会釈して、
「誰方《どなた》?……」
と優しい声を聞いて、はっとした途端に、真上なる山懐《やまふところ》から、頭《つむり》へ浴びせて、大きな声で、
「何か、用か。」と喚《わめ》いた。
「失礼!」
と言う、頸首《えりくび》を、空から天狗《てんぐ》に引掴《ひッつか》まるる心地がして、
「通道《とおりみち》ではなかったんですか、失礼しました、失礼でした。」
――それからは……寺までも行《ゆ》き得ない。
五
人は何とも言わば言え……
で渠《かれ》に取っては、花のその一里《ひとさと》が、所謂《いわゆる》、雲井桜の仙境であった。たとえば大空なる紅《くれない》の霞に乗って、あまつさえその美しいぬし[#「ぬし」に傍点]を視《み》たのであるから。
町を行《ゆ》くにも、気の怯《ひ》けるまで、郷里にうらぶれた渠が身に、――誰も知るまい、――ただ一人、秘密の境を探り得たのは、潜《ひそか》に大《おおい》なる誇りであった。
が、ものの本の中《うち》に、同じような場面を読み、絵の面《おもて》に、そうした色彩に対しても、自《おのず》から面《おもて》の赤うなる年紀《とし》である。
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