は滝)小さな滝の名所があるのに対して、これを義経《よしつね》の人待石《ひとまちいし》と称《とな》うるのである。行歩《こうほ》健《すこや》かに先立って来たのが、あるき悩んだ久我《くが》どのの姫君――北の方《かた》を、乳母《めのと》の十郎|権《ごん》の頭《かみ》が扶《たす》け参らせ、後《おく》れて来るのを、判官がこの石に憩って待合わせたというのである。目覚しい石である。夏草の茂った中に、高さはただ草を抽《ぬ》いて二三尺ばかりだけれども、広さおよそ畳を数えて十五畳はあろう、深い割目《われめ》が地の下に徹《とお》って、もう一つ八畳ばかりなのと二枚ある。以前はこれが一面の目を驚かすものだったが、何の年かの大地震に、坤軸《こんじく》を覆して、左右へ裂けたのだそうである。
 またこの石を、城下のものは一口に呼んで巨石《おおいし》とも言う。
 石の左右に、この松並木の中にも、形の丈の最も勝《すぐ》れた松が二株あって、海に寄ったのは亭々《ていてい》として雲を凌《しの》ぎ、町へ寄ったは拮蟠《きっはん》して、枝を低く、彼処《かしこ》に湧出《わきい》づる清水に翳《かざ》す。……
 そこに、青き苔《こけ》の滑《なめら》かなる、石囲《いしがこい》の掘抜《ほりぬき》を噴出づる水は、音に聞えて、氷のごとく冷やかに潔い。人の知った名水で、並木の清水と言うのであるが、これは路傍《みちばた》に自《おのず》から湧いて流るるのでなく、人が囲った持主があって、清水茶屋と言う茶店が一軒、田畝《たんぼ》の土手上に廂《ひさし》を構えた、本家は別の、出茶屋《でぢゃや》だけれども、ちょっと見霽《みはらし》の座敷もある。あの低い松の枝の地紙形《じがみなり》に翳蔽《さしおお》える葉の裏に、葦簀《よしず》を掛けて、掘抜に繞《めぐ》らした中を、美しい清水は、松影に揺れ動いて、日盛《ひざかり》にも白銀《しろがね》の月影をこぼして溢《あふ》るるのを、広い水槽でうけて、その中に、真桑瓜《まくわうり》、西瓜《すいか》、桃、李《すもも》の実を冷《ひや》して売る。……
 名代《なだい》である。

       二

 畠《はたけ》一帯、真桑瓜が名産で、この水あるがためか、巨石《おおいし》の瓜は銀色だと言う……瓜畠がずッと続いて、やがて蓮池《はすいけ》になる……それからは皆|青田《あおた》で。
 畑《はた》のは知らない。実際、水槽に浸したの
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