、笠を伏せて、その上に帯を解いて、畳んで枕にさせました。
 私《わっし》も十本の指を、額に堅く組んで頂いて拝んだ。
 そこらの木の葉を、やたらに火鉢にくべながら……
(失礼、支度をいたしますから。)
 若旦那がするすると松の樹の処へ行《ゆ》きます。
 そこで内証で涙を払うのかと偲うと、肩に一揺《ひとゆす》り、ゆすぶりをくれるや否や、切立《きったて》の崖の下は、剣《つるぎ》を植えた巌《いわ》の底へ、真逆様《まっさかさま》。霧の海へ、薄ぐろく、影が残って消えません。
 ――旦那方。
 先生を御覧なせえ、いきなりうしろからお道さんの口へ猿轡《さるぐつわ》を嵌《は》めましたぜ。――一人は放さぬ、一所に死のうと悶《もだ》えたからで。――それをね、天幕《テント》の中へ抱入れて、電信事務の卓子《テエブル》に向けて、椅子にのせて、手は結《ゆわ》えずに、腰も胸も兵児帯でぐるぐる巻だ。
(時夫の来るまで……)
 そう言って、石段へずッと行《ゆ》く。
 私《わっし》は下口《おりくち》まで追掛《おっか》けたが、どうして可《い》いか、途方にくれてくるくる廻った。
 お道さんが、さんばら髪に肩を振って、身悶えする
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