云うのでございますが、同じ音で。――
 コリンと響いたと思うと、先生の身体《からだ》は左右へふらふらして動いたが、不思議な事には倒れません。
 南無三宝《なむさんぽう》。
 片手づきに、白襟の衣紋《えもん》を外らして仰向《あおむ》きになんなすった、若奥様の水晶のような咽喉《のど》へ、口からたらたらと血が流れて、元結《もっとい》が、ぷつりと切れた。
 トタンにな、革鞄の袖が、するすると抜けて落ちました。
(貴方……短銃《ピストル》を離しても、もう可《よ》うございますか。)
 若旦那が跪《ひざまず》いてその手を吸うと、釣鐘を落したように、軽そうな手を柔かに、先生の膝に投げて、
(ああ、嬉しい。……立野さん、お道さん、短銃をそちらへ向けて打つような女とお思いなさいましたか。)
(只今《ただいま》、立処《たちどころ》に自殺します。)
 と先生の、手をついて言うのをきいて、かぶりを掉《ふ》って、櫛笄《くしこうがい》も、落ちないで、乱れかかる髪をそのまま莞爾《にっこり》して、
(いいえ、百万年の後《のち》に……また、お目にかかります。お二方に、これだけに思われて、縫は世界中のしあわせです――貴方、
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