はしません。私は、馬鹿が嬉しゅうございます。)
(弱った。これ、詰《つま》らん、そんな。)
(お手間が取れます。)
(さあ、お退《ど》き、これ、そっちへ。)
(いいえ、いいえ。)
否々《いやいや》をして、頭《かぶり》をふって甘える肩を、先生が抱いて退《の》けようとするなり、くるりとうしろ向きになって、前髪をひしと胸に当てました。
呼吸《いき》を鎮《しず》めて、抱《いだ》いた腕を、ぐいと背中へ捲《ま》きましたが、
(お退《ど》きと云うに。――やあ、お道さんの御《おん》母君、御《ご》母堂、お記念《かたみ》の肉身と、衣類に対して失礼します、御許し下さい……御免。)
と云うと、抱倒して、
(ああれ。)
と震えてもがくのを、しかと片足に蹈据《ふみす》えて、仁王立《におうだち》にすっくと立った。
(用意は宜《よろ》しい。……縫子さん。)
(…………)
(…………)
(さようなら……)
(……さようなら、貴方。)
日光の御廟《おたまや》の天井に、墨絵の竜があって鳴きます、尾の方へ離れると音はしねえ、頤《あご》の下の低い処で手を叩くと、コリンと、高い天井で鳴りますので、案内者は、勝手に泣竜と
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