《ひ》の紋縮緬《もんちりめん》の長襦袢《ながじゅばん》が半身に流れました。……袖を切ったと言う三年前《ぜん》の婚礼の日の曠衣裳《はれいしょう》を、そのままで、一方紫の袖の紋の揚羽の蝶は、革鞄に留まった友を慕って、火先にひらひらと揺れました。
若奥様が片膝ついて、その燃ゆる火の袖に、キラリと光る短銃《ピストル》を構えると、先生は、両方の膝に手を垂れて、目を瞑《つむ》って立ちました。
(お身代りに私が。)
とお道さんが、その前に立塞《たちふさ》がった。
「あ、危い、あなた。」
と若旦那が声を絞った。
若奥様は折敷いたままで、
(不可《いけ》ません――お道さん。)
(いいえ、本望でございます。)
(私が肯《き》きません。)
と若奥様が頭《かぶり》を掉《ふ》ります。
(貴方が、お肯き遊ばさねば、旦那様にお願い申上げます。こんな山家の女でも、心にかわりはござんせん、願《ねがい》を叶《かな》えて下さいまし。お情《なさけ》はうけませんでも、色も恋も存じております。もみじを御覧なさいまし、つれない霜にも血を染めます。私はただ活《い》きておりますより、旦那さんのかわりに死にたいのです。その方が
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