事ではありません。それが当然なのです。立野さん。貴下《あなた》が御自分でなくっても、貴下が許して、錠前をさえお開き下さるなら――方法は択《えら》びません。短銃《ピストル》なんぞ何になりましょう、私はそれで満足します。)
(旦那様。)
 と精一杯で、お道さんが、押留められた一つの手を、それなり先生の袖に縋って、無量の思《おもい》の目を凝らした。
(はあ、)
 と落込むような大息して、先生の胸が崩れようとしますとな。
(貴方、……あの鍵が返りましたか。……優しい、お道さん、美しい、姉《ねえ》さん、……お優しい、お美しい姉さんに、貴方はもうお心が移りましたか。)
 と云って、若奥様が熟《じっ》と視《み》ました。
 先生が蒼くなって、両手でお道さんを押除《おしの》けながら、
(これは余所《よそ》の娘です、あわれな孤児《みなしご》です。)
 とあとが消えた。
(決行なさい、縫子。)
(…………)
(打て、お打ちなさい。)
(唯今。)
 と肩を軽く斜めに落すと、コオトが、すっと脱げたんです。煽《あお》りもせぬのに気が立って、颯《さっ》と火の上る松明《たいまつ》より、紅《くれない》に燃立つばかり、緋
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