なた》の、お心に任せます。要はただ、着弾距離をお離れになりません事です。)
(一歩もここを動きません。)
 先生は、拱《こまぬ》いた腕を解いて言いましたぜ。」
 ――そうだろうと、私たちも思ったのである。

       十

「堪《たま》らねえやね。お前さん。
 私《わっし》あ猿坊《えてんぼ》のように、ちょろりと影を畝《うね》って這出《はいだ》して、そこに震えて立っている、お道姉さんの手に合鍵を押《おッ》つけた。早く早く、と口じゃあ言わねえが、袖を突いた。
 ――若奥様の手が、もう懐中《ふところ》に入った時でございますよ。
(御免遊ばせ。)
 と縋《すが》りつくように、伸上って、お道さんが鍵を合せ合せするのが、あせるから、ツルツルと二三度|辷《すべ》りました。
(ああ、ちょっと。)
 と若奥様が、手で圧《おさ》えて、
(どうぞ……そればかりは。)
 と清《すず》しく言います。この手二つが触ったものを、錠前の奴、がんとして、雪になっても消えなんだ。
 舌の硬《こわ》ばったような先生が、
(飛んでもない事――お道さん。)
(いいえ、構いません。)
 と若旦那はきっぱりと、
(飛んでもない
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