褐色《かばいろ》に薄く蒼味《あおみ》を潮《さ》して、はじめ志した方へ幽《かすか》ながら見えて来た。灯前《あかりさき》の木の葉は白く、陰なる朱葉《もみじ》の色も浸《にじ》む。
かくして辿《たど》りついた薄暗い饂飩屋であった。
何《なん》しろ薄暗い。……赤黒くどんより煤《すす》けた腰障子の、それも宵ながら朦朧《もうろう》と閉っていて、よろず荒もの、うどんあり、と記した大《おおき》な字が、鼾《いびき》をかいていそうに見えた。
この店の女房が、東京ものは清潔《きれい》ずきだからと、気を利かして、正札のついた真新しい湯沸《ゆわかし》を達引《たてひ》いてくれた心意気に対しても、言われた義理ではないのだけれど。
「これは少々|酷過《ひどす》ぎますね。」
「ここまで来れば、あと一辛抱で、もうちとどうにかしたのがありましょう。」
実は、この段、囁《ささや》き合って、ちょうどそこが三岐《みつまた》の、一方は裏山へ上る山岨《やまそば》の落葉の径《こみち》。一方は崖を下る石ころ坂の急なやつ。で、その下りる方へ半町ばかりまた足探り試みたのであるが、がけの陰になって、暗さは暗し、路は悪し、灯《ひ》は遠し、
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