、私のために取返すんです。袖が返るとともに、更《あらた》めて結婚します。夫婦になります。が、勿論しかし、それが夫婦のものの、身の終結になるかも分りません。なぜと云うに、革鞄と同時に、兇器をもって貴下のお身体《からだ》に向うのです。万一お生命《いのち》を縮めるとなれば、私はその罪を負わねばならないのですから。それは勿論覚悟の前です……お察し下さい、これはほとんど私が生命を忘れ、世間を忘れ、甚しきは一|人《にん》の親をも忘れるまで、寝食を廃しまして、熟慮反省を重ねた上の決意なのです。はじめは貴方が、当時汽車の窓から赤城山の絶頂に向って御投棄てになったという、革鞄の鍵を、何《なん》とぞして、拾い戻して、その鍵を持ちながらお目にかかって、貴下の手から錠を解いて、縫のその袖を返して頂きたいと存じ、およそ半年、百日に亙《わた》りまして、狂と言われ、痴と言われ、愚と言われ、嫉妬《しっと》と言われ、じんすけと嘲《あざ》けられつつも、多勢《たぜい》の人数を狩集《かりあつ》めて、あの辺の汽車の沿道一帯を、粟《あわ》、蕎麦《そば》、稲を買求めて、草に刈り、芥《あくた》にむしり、甚しきは古塚の横穴を発《あば》
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