制裁を待ちます。即時に御処分のほどを願います。)
 若旦那が、
(よろしいか。)
 とちと甘いほどな、この場合優しい声で、御夫人に言いました。
(はい。)
 と、若奥様は潔い。
 若旦那はまっすぐに立直って、
(立野さん。)
(…………)
(では、御要求をいたします。)
(謹んで承ります、一点といえども相背きはいたしますまい。)
(そこに、卓子の上に横にお置きなさいました、革鞄を、縦にまっすぐにお直し下さい。)
(承知いたしました――いやいや罪人の手伝をしては、お道さん、汚《けが》れるぞ。)
 と手伝を払って、しっかとその処へ据直す。
(立野さん。貴下《あなた》は革鞄の全形と折重《おりかさな》って、その容量を外れない範囲内にお立ち下さい。縫子が私の妻として、婚礼の日の途中、汽車の中で。)
 と云う声が少し震えました。
(貴下に、その紫の袖を許しました、その責《せめ》に任ずるために、ここに短銃《ピストル》を所持しております、――その短銃をもってここに居て革鞄を打ちます。弾丸をもって錠前を射切《いき》るのです。錠前を射切《うちき》って、その片袖を――同棲三年間――まだ純真なる処女の身にして
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