が、先生少々どうかなさりやしねえのかと思ったのは、こう変に山が寂しくなって、通魔《とおりま》でもしそうな、静寂《しじま》の鐘の唄の塩梅《あんばい》。どことなくドン――と響いて天狗倒《てんぐだおし》の木精《こだま》と一所に、天幕の中《うち》じゃあ、局の掛時計がコトリコトリと鳴りましたよ。
お地蔵様が一体、もし、この梟ヶ嶽の頭を肩へ下り口に立ってござる。――私《わっし》どもは、どうかすると一日《いちんち》の中《うち》にゃ人間の数より多くお目に掛《かか》る、至極|可懐《なつか》しいお方だが……後で分りました。この丘は、むかし、小さな山寺があったあとだそうで、そう言や草の中に、崩れた石の段々が蔦《つた》と一所に、真下の径《こみち》へ、山懐《やまぶところ》へまとっています。その下の径というのが、温泉宿《ゆのやど》入りの本街道だね。
お道さんが、帰りがけに、その地蔵様を拝みました。石の袈裟《けさ》の落葉を払って、白い手を、じっと合せて、しばらくして、
(また、お目にかかります。)
と顔を上げて、
(後程に――)
もう先生は天幕へ入った――で、私《わっし》にしみじみとした調子で云った時の面影
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