の口を開けようじゃありませんか。」
「まさか。」
 と小村さんは苦笑して、
「姨捨山、田毎《たごと》の月ともあろうものが、こんな路《みち》で澄ましているって法はありません。きっと方角を取違えたんでしょう。お待ちなさいまし、逆に停車場《ステエション》の裏の方へ戻ってみましょう。いくらか燈《あかり》が見えるようです。」
 双方黒い外套が、こんがらかって引返すと、停車場《ステエション》には早や駅員の影も見えぬ。毛布《けっと》かぶりの痩《や》せた達磨《だるま》の目ばかりが晃々《きらきら》と光って、今度はどうやら羅漢に見える。
 と停車場《ステエション》の後《うしろ》は、突然《いきなり》荒寺の裏へ入った形で、芬《ぷん》と身に沁《し》みる木《こ》の葉の匂《におい》、鳥の羽で撫《な》でられるように、さらさらと――袖が鳴った。
 落葉を透かして、山懐《やまふところ》の小高い処に、まだ戸を鎖《さ》さない灯《あかり》が見えた。
 小村さんが、まばらな竹の木戸を、手を拡げつつ探り当てて、
「きっと飲ませますよ、この戸の工合《ぐあい》が気に入りました」
と勢《いきおい》よく、一足先に上ったが、程もあらせず、ざ
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