村さんは一旦外へ出たが、出ると、すぐ、横の崖か巌《いわ》を滴る、ひたひたと清水の音に、用心のため引返して、駅員に訊いたのであった。
「その辺に旅籠屋《はたごや》はありましょうか。」
「はあ、別に旅籠屋と言って、何ですな、これから下へ十四五町、……約|半道《はんみち》ばかり行《ゆ》きますと、湯の立つ家があるですよ。外《ほか》は大概一週間に一度ぐらいなものですでなあ。」
「あの風呂を沸かしますのが。」
「さよう。」
「難有《ありがと》う――少しどうも驚きました。とにかく、そこいらまで歩いてみましょう。」
と小村さんが暗がりの中を探りながら先へ立って、
「いきなり、風呂を沸かす宿屋が半道と来たんでは、一口飲ませる処とも聞きにくうございますよ。しかし何かしらありましょう……何《なん》しろ暗い。」
と構内の柵について……灯《ともしび》の百合《ゆり》が咲く、大《おおき》な峰、広い谷に、はらはらとある灯《ひ》をたよりに、ものの十|間《けん》とは進まないで、口を開けて足を噛《か》む狼《おおかみ》のような巌《いわ》の径《こみち》に行悩んだ。
「どうです、いっそここへ蹲《しゃが》んで、壜詰《びんづめ》
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