げて、
「汽車が出ないと向うへは渡られませんよ。」
「成程。線路を突切《つっき》って行く仕掛けなんです。」
やがてむらむらと立昇る白い煙が、妙に透通って、颯《さっ》と屋根へ掛《かか》る中を、汽車は音もしないように静《しずか》に動き出す、と漆《うるし》のごとき真暗《まっくら》な谷底へ、轟《ごう》と谺《こだま》する……
「行っていらっしゃいまし……お静《しずか》に――」
と私はつい、目の前《さき》をすれすれに行く、冷たそうに曇った汽車の窓の灯《あかり》に挨拶《あいさつ》した。ここへ二人きり置いて行かれるのが、山へ棄《す》てられるような気がして心細かったからである。
壇はあるが、深いから、首ばかり並んで霧の裡《なか》なる線路を渡った。
「ちょっと、伺いますが。」
「はあ?」
手ランプを提げた、真黒《まっくろ》な扮装《いでたち》の、年の少《わか》い改札|掛《がかり》わずかに一人《いちにん》。
待合所の腰掛の隅には、頭から毛布《けっと》を被《かぶ》ったのが、それもただ一人居る。……これが伊勢だと、あすこを狙《ねら》って吹矢を一本――と何も不平を言うのではない、旅の秋を覚えたので。――小
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