一丁場《ひとちょうば》だけれども、線路が上りで、進行が緩い処へ、乗客が急に少く、二人三人と数えるばかり、大《おおき》な木の葉がぱらりと落ちたようであるから、掻合《かきあ》わす外套《がいとう》の袖《そで》も、妙にばさばさと音がする。外は霜であろう。山の深さも身に沁《し》みる。夜《よ》さえそぞろに更け行くように思われた。
「来ましたよ。」
「二人きりですね。」
 と私は言った。
 名にし負う月の名所である。ここの停車場《ステエション》を、月の劇場の木戸口ぐらいな心得違いをしていた私たちは、幟《のぼり》や万燈《まんどう》には及ばずとも、屋号をかいた弓張提灯《ゆみはりぢょうちん》で、へい、茗荷屋《みょうがや》でございます、旅店の案内者ぐらいは出ていようと思ったの大きな見当|違《ちがい》。絵に描《か》いた木曾の桟橋《かけはし》を想わせる、断崖《がけ》の丸木橋のようなプラットフォームへ、しかも下りたのはただ二人で、改札口へ渡るべき橋もない。
 一人がバスケットと、一人が一升|壜《びん》を下げて、月はなけれど敷板の霜に寒い影を映しながら、あちらへ行《ゆ》き、こちらへ戻り、で、小村さんが唇をちょっと曲
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