、雪なす小手を翳《かざ》して此方《こなた》を見送った半身の紅《くれない》は、美しき血をもって描いたる煉獄《れんごく》の女精であった。
 碓氷の秋は寒かった。

       八

 藤助は語り継いだ。
「姉《ねえ》さんが、そうすると……驚いたように、
(あれ、それを見ちゃ不可《いけ》ません。)
(やあ、つい麁※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]《そそう》を。)
 と、何事も御意のまま、頭をすくめて恐縮をしますとね、低声《こごえ》になって気の毒そうに、
(でも、あの、そういう私が、密《そっ》と出して、見たいんでございます。)
(そこで鍵が御入用。)
(ええ、ですけど、人様のものを、お許しも受けないで、内証で見ては悪うございましょうねえ。)
(何、開けたらまた閉めておきゃあ、何でもありゃしませんや。)
 とその容子《ようす》だもの、お前さん、何だって構やしません。――お手軽様に言って退《の》けると、口に袖をあてながら、うっかり釣込まれたような様子でね、また前後《あとさき》を視《み》ましたっけ。
(では、ちょっと今のうち鋳掛屋さん、あなたお職柄で鍵を拵《こしら》えるより前《さき》に、手
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