、そのまま今日《こんにち》の婿君の脚下に拝し跪《ひざまず》かせらるる事である。諾《よし》、その厳罰を蒙《こうむ》りましょう、断じて自分はこの革鞄を開いて片袖は返さぬのである。ただ、天地神明に誓うのは、貴女《きじょ》の淑徳と貞潔である。自分は生れてより今に及んで、その姿を視《み》たのはわずかに今より前《ぜん》、約三十分に過ぎない、……包ましくさしうつむかれた淑女は、申すまでもなく、自分に向って瞳をも動かされなかった事を保証する、――謹んで断罪を待ちます……各位。
吶々《とつとつ》として、しかも沈着に、純真に、縷々《るる》この意味の数千言を語ったのが、轟々《ごうごう》たる汽車の中《うち》に、あたかも雷鳴を凌《しの》ぐ、深刻なる独白のごとく私たちの耳に響いた。
附添の数多《あまた》の男女は、あるいは怒り、あるい罵《ののし》り、あるいは呆れ、あるいは呪詛《のろ》った。が、狼狽《ろうばい》したのは一様である。車外には御寮を迎《むかえ》の人数《にんず》が満ちて、汽車は高崎に留まろうとしたのであるから……
既に死灰のごとく席に復して瞑目《めいもく》した技師がその時再び立った。ここに手段がありま
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