のです、と言った。
――汽車は赤城山《あかぎさん》をその巽《たつみ》の窓に望んで、広漠たる原野の末を貫いていたのであった。――
渠《かれ》は電信技師である。立野竜三郎《たつのりゅうざぶろう》と自ら名告《なの》った。渠《かれ》はもとより両親も何もない、最愛の児《こ》を失い、最愛の妻を失って、世を果敢《はかな》むの余り、その妻と子の白骨と、ともに、失うべからざるものの一式、余さずこの古革鞄に納めた、むしろ我が孤《みひとつ》の煢然《けいぜん》たる影をも納めて、野に山に棄つるがごとく、絶所、僻境《へききょう》を望んで飛騨山中の電信局へ唯今赴任する途中である。すでに我身ながら葬り去った身は、ここに片袖とともに蘇生《よみがえ》った。蘇生ると同時に、罪は死である。否《いや》、死はなお容易《たやす》い、天の咎《とが》、地の責《せめ》、人の制規《おきて》、いかなる制裁といえども、甘んじて覚悟して相受ける。各位が、我《わが》ために刑を撰んで、その最も酷なのは、磔《はりつけ》でない、獄門でない、牛裂《うしざき》の極刑でもない。この片袖を挟んだ古革鞄を自分にぶら下げさせて、嫁御寮のあとに犬のごとく従わせて
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