《き》た人がらも思われる、裏が通って、揚羽《あげは》の蝶の紋がちらちらと羽を動かすように見えました。」
 小村さんと私とは、じっと見合っていたままの互の唇がぶるぶると震えたのである。

       七

 ――実はこの時から数えて前々年の秋、おなじ小村さんと、(連《つれ》がもう一人あった。)三人連で、軽井沢、碓氷《うすい》のもみじを見た汽車の中《うち》に、まさしく間違うまい、これに就いた事実があって、私は、不束《ふつつか》ながら、はじめ、淑女画報に、「革鞄《かばん》の怪。」後に「片袖。」と改題して、小集の中《うち》に編んだ一篇を草した事がある。
 確《たしか》に紫の袖の紋も、揚羽の蝶と覚えている。高島田に花笄《はなこうがい》の、盛装した嫁入姿の窈窕《ようちょう》たる淑女が、その嫁御寮に似もつかぬ、卑しげな慳《けん》のある女親まじりに、七八人の附添とともに、深谷《ふかや》駅から同じ室に乗組んで、御寮はちょうど私たちの真向うの席に就いた。まさに嫁がんとする娘の、嬉しさと、恥らいと、心遣《こころやり》と、恐怖《おそれ》と、笑《えみ》と、涙とは、そのまま膝に手を重ねて、つむりを重たげに、ただ
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