りますえ。)
 失礼な……人様の革鞄を……だが、私《わっし》あつい、うっかり言った。
(あの、旦那さんのお大事なものばかり。)
(へい、貴女《あなた》の旦那様の?)
(いいえ、技師の先生の方ですが、その方のお大事なものが残らず、お国でおかくれになりました奥様のお骨《こつ》も、たったお一人ッ子の、かけがえのない坊ちゃまのお骨も、この中に入っていらっしゃるんですって。)
 と、こう言うんですね。」
 小村さんと私は、黙って気を引いて瞳を合した。
 藤助は一息ついて、
「それを聞いて、安心をしたくらいだ。技師の旦那の奥様と坊ちゃまのお骨と聞いて、安心したも、おかしなものでございますがね、一軒家の化葛籠《ばけつづら》だ、天幕の中の大革鞄じゃあ、中《うち》に何が入ってるか薄気味が悪かったんで。
(へい、その鍵をおなくしなすった……そいつはお困りで、)
 と錠前の寸法を当りながら、こう見ますとね、新聞のまだ残った処に、青錆《あおさび》にさびた金具の口でくいしめた革鞄の中から、紫の袖が一枚。……
 袂《たもと》が中に、袖口をすんなり、白羽二重の裏が生々《いきいき》と、女の膚《はだ》を包んだようで、被
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