風が攫《さら》って、すっと、雲の上へ持って行《ゆ》きそうで危《あぶな》ッかしいように見えます。
勿論人影は、ぽッつりともない。
が、それでも、天幕《テント》の正面からじゃあ、気咎《きとが》めがしたと見えて、
(済みませんが、こっちから。)
裏へ廻わると、綻《ほころ》びた処があるので。……姉さんは科《しな》よく消えたが、こっちは自雷也《じらいや》の妖術にアリャアリャだね。列子《せこ》という身で這込《はいこ》みました。が、それどころじゃあねえ。この錠前だと言うのを一見に及ぶと、片隅に立掛けた奴だが、大蝦蟆《おおがま》の干物とも、河馬《かば》の木乃伊《みいら》とも譬《たと》えようのねえ、皺《しな》びて突張《つっぱ》って、兀斑《はげまだら》の、大古物の大《でっ》かい革鞄《かばん》で。
こいつを、古新聞で包んで、薄汚れた兵児帯《へこおび》でぐるぐると巻いてあるんだが、結びめは、はずれて緩んで、新聞もばさりと裂けた。そこからそれ、煤《すす》を噴きそうな面《つら》を出して、蘆《あし》の茎《ずい》から谷|覗《のぞ》くと、鍵の穴を真黒《まっくろ》に窪ましているじゃアありませんか。
(何が入ってお
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