あねえ。少《わか》い時を思い出して、何となく、我身ながら引入れられて、……覚えて、ついぞねえ、一生に一度だ。較《くら》べものにゃあなりませんが、むかし琵琶法師《びわほうし》の名誉なのが、こんな処で草枕、山の神様に一曲奏でた心持。
 と姉さんがとけて流れて合うのじゃわいなと、きき入りながら、睫毛《まつげ》を長くうつむいて、ほろりとした時、こっらも思わず、つい、ほろり……いえさ、この面《つら》だからポタリと出ました。」
 と口では言いつつ声が湿った。
「(つかん事を聞きますけれど、鋳掛屋さん、錠の合鍵《あいかぎ》を頼まれて下さいますか。)……と姉さんがね。
 私《わっし》あこれを聞いて、ポンと両手を拍《う》った。
 このくらいつく事は、私の唄が三味線につくようなもんじゃあねえ。
(鍵が狂ったんでございますかい。)
(いいえ、無いんですけれど。)
(雑作はがあせん、煙草三服飲む間《うち》だ。)
 そこで錠前を見て、という事になると、ちと内証事らしい。……しとやかな姉さんが、急に何だか、そわついて、あっちこっち※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》しましたが、高い処にこう立つと、
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