徊《はいかい》すと言えり……か。)
 なんのッて、ひらひらと来る紅色《べにいろ》の葉から、すぐに吸いつけるように煙草《たばこ》を吹かした。が、何分にも鋳掛屋じゃあ納《おさま》りませんな。
 ところでさて、首に巻いた手拭《てぬぐい》を取って、払《はた》いて、馬士《まご》にも衣裳《いしょう》だ、芳原かぶりと気取りましたさ。古三味線を、チンとかツンとか引掻鳴《ひっかきな》らして、ここで、内証で唄ったやつでさ。
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峰の白雪、麓の氷――
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 旦那、顔を見っこなし……極《きまり》が悪い……何と、もし、これで別嬪の姉さんを引寄せようという腹だ、おかしな腹だ、狸《たぬき》の腹だね。
 だが、こいつあこちとら徒《であい》の、すなわち狸の腹鼓という甘術《あまて》でね。不気味でも、気障《きざ》でも、何でも、聞く耳を立てるうちに、うかうかと釣出されずにゃいねえんだね。どうですえ、……それ、来ました。」
 と不意に振向く、階子段《はしごだん》の暗い穴。
 小村さんも私も慄然《ぞっと》した。
 女房はなおの事……
「あれ、吃驚《びっくり》した。」
 と膝で摺寄《すりよ
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