》る。
 藤助は一笑して、
「まずは、この寸法でございましてね、お道さんを引寄せた工合というのが、あはッはッ。」

       六

「見ない振《ふり》、知らない振、雪の遠山《とおやま》に向いて、……溶けて流れてと、唄っていながら、後方《うしろ》へ来るのが自然と分るね、鹿の寄るのとは違います。……別嬪の香《かおり》がほんのりで、縹緻《きりょう》に打たれて身に沁む工合が、温泉の女神様《おんながみさま》が世話に砕けて顕《あらわ》れたようでございましたぜ。……(逢いたさに見たさに)何とか唄《や》って、チャンと句切ると、
(あの、鋳掛屋さん。)
 と、初音《はつね》だね。……
 視《み》ると、朱塗の盆に、吸子《きびしょ》、茶碗を添えて持っている。黒繻子《くろじゅす》の引掛帯《ひっかけおび》で、浅葱《あさぎ》の襟のその様子が何とも言えねえ。
 いえ、もう一つ、盆の上に、紙に包んだ蝶々というのが載《の》っていました。……それがために讃《ほ》めるんじゃあねえけれど、拵《こしら》えねえで、なまめいたもんでしたぜ。人を喰ったこっちの芳原かぶりなんざ、もの欲しそうで極《きま》りが悪くなったくらいで。

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