ょっと顔を上げて見ましたっけ。直《すぐ》に、じっと足袋を刺すだて。
動いただけになお活《い》きて、光沢《つや》を持った、きめの細《こまか》な襟脚の好《よ》さなんと言っちゃねえ。……通り切れるもんじゃあねえてね、お前さん、雲だか、風だか、ふらふらと野道山道宿なしの身のほまちだ。
一言《ひとこと》ぐらい口を利いて、渋茶の一杯も、あのお手からと思いましたがね、ぎょっとしたのは半分焦げたなりで天幕の端に真直《まっすぐ》に立った看板だ。電信局としてある……
茶屋小屋、出茶屋の姉《ねえ》さんじゃあねえ。風俗《なりふり》はこの目で確《たしか》に睨《にら》んだが……おやおや、お役人の奥様かい。……郵便局員の御夫人かな。
これが旦那方だと仔細《しさい》ねえ。湯茶の無心も雑作はねえ。西行法師なら歌をよみかける処だが、山家めぐりの鋳掛屋じゃあ道を聞くのも跋《ばつ》が変だ。
ところで、椅子はまだ二三脚、何だか、こちとらにゃ分らねえが、ぴかぴか機械を据附けた卓子《テエブル》がもう一台。向ってきちんと椅子が置いてあるが、役人らしいのは影も見えねえ。
ははあ、来る道で、向《むこう》の小山の土手腹《どてっ
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