一つ、道も白く乾いて、枯草がぽかぽかする。……芳《かんば》しい落葉の香のする日の影を、まともに吸って、くしゃみが出そうなのを獅噛面《しかみづら》で、
(鋳掛……錠前の直し。)
すくッと立った電信柱に添って、片枝折れた松が一株、崖へのしかかって立っています、天幕張だろうが、掘立小屋だろうが、人さえ住んでいれば家業|冥利《みょうり》……
(鋳掛……錠前直し。)……
と、天幕とその松のあります、ちょっと小高くなった築山《つきやま》てった下を……温泉場の屋根を黒く小さく下に見て、通りがかりに、じろり……」
藤助は、ぎょろりとしながら、頬辺《ほっぺた》を平手で敲《たた》いて、
「この人相だ、お前さん、じろりとよりか言いようはねえてね、ト行《や》った時、はじめて見たのが湯女のその別嬪だ。お道さんは、半襟の掛った縞の着ものに、前垂掛《まえだれがけ》、昼夜帯、若い世話女房といった形で、その髪のいい、垢抜《あかぬけ》のした白い顔を、神妙に俯向《うつむ》いて、麁末《そまつ》な椅子に掛けて、卓子《テエブル》に凭掛《よりかか》って、足袋を繕っていましたよ、紺足袋を……
(鋳掛……錠前の直し。)……
ち
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