その頂辺《てっぺん》に、天狗の撞木杖《しゅもくづえ》といった形に見える、柱が一本。……風の吹まわしで、松明の尖《さき》がぼっと伸びると、白くなって顕《あらわ》れる時は、耶蘇《ヤソ》の看板の十字架てったやつにも似ている……こりゃ、もし、電信柱で。
 蔭に隠れて見えねえけれど、そこに一張《ひとはり》天幕《テント》があります。何だと言うと、火事で焼けたがために、仮ごしらえの電信局で、温泉場から、そこへ出張《でば》っているのでございます。
 そこへ行くんだね、婦《おんな》二人は。
 で、その郵便局の天幕の裡《うち》に、この湯女《ゆな》の別嬪《べっぴん》が、生命《いのち》がけ二年|越《ごし》に思い詰めている技手の先生……ともう一人は、上州高崎の大資産家《おおかねもち》の若旦那で、この高島田のお嬢さんの婿さんと、その二人が、いわれあって、二人を待って、対の手戟《てぼこ》の石突《いしづき》をつかないばかり、洋服を着た、毘沙門天《びしゃもんてん》、増長天《ぞうちょうてん》という形で、五体を緊《し》めて、殺気を含んで、呼吸《いき》を詰めて、待構えているんでがしてな。
 お嬢さんの方は、名を縫子さんと言う
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