あった。面構《つらがまえ》でも知れる……このしたたかものが、やがて涙ぐんで……話したのである。
三
「私《わッし》はね、旦那。まだその時分、宿を取っちゃあいなかったんでございます、居酒屋、といった処で、豆腐も駄菓子も突《つッ》くるみに売っている、天井に釣《つる》した蕃椒《とうがらし》の方が、燈《ひ》よりは真赤《まっか》に目に立つてッた、皺《しな》びた店で、榾《ほだ》同然の鰊《にしん》に、山家|片鄙《へんぴ》はお極《きま》りの石斑魚《いわな》の煮浸《にびたし》、衣川《ころもがわ》で噛《くい》しばった武蔵坊弁慶の奥歯のようなやつをせせりながら、店前《みせさき》で、やた一きめていた処でございましてね。
ちょっと私《わっし》の懐中合《ふところあい》と、鋳掛屋風情のこの容体では、宿が取悪《とりにく》かったんでございますよ。というのが、焼山《やけやま》の下で、パッと一くべ、おへッつい様を燃《も》したも同じで、山を越しちゃあ、別に騒動も聞えなかったんでございますが、五日ばかり前に、その温泉に火事がありました。ために、木賃らしい、この方に柄相当のなんぞ焼けていて、二三軒残ったのは、
前へ
次へ
全79ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング