しら。」
「泊りましょうか。」
「御串戯《ごじょうだん》を。」
 クイッ、キュウ、クック――と……うら悲《かなし》げに、また聞える。
「弱りました。あの狗《いぬ》には。」
 と小村さんはまた滅入《めい》った。
 のしのしみしり、大皿を片手に、そこへ天井を抜きそうに、ぬいと顕《あらわ》れたのは、色の黒い、いが栗《ぐり》で、しるし半纏《ばんてん》の上へ汚れくさった棒縞《ぼうじま》の大広袖《おおどてら》を被《はお》った、から脛《すね》の毛だらけ、図体は大《おおき》いが、身の緊《しま》った、腰のしゃんとした、鼻の隆い、目の光る……年配は四十|余《あまり》で、稼盛《かせぎざか》りの屈竟《くっきょう》な山賊面《さんぞくづら》……腰にぼッ込んだ山刀の無いばかり、あの皿は何《な》んだ、へッへッ、生首|二個《ふたつ》受取ろうか、と言いそうな、が、そぐわないのは、頤《あご》に短い山羊髯《やぎひげ》であった。
「御免なせえ……お香のものと、媽々衆《かかしゅ》が気前を見せましたが、取っておきのこの奈良漬、こいつあ水ぽくてちと中《ちゅう》でがす。菜ッ葉が食えますよ。長蕪《ながかぶ》てッて、ここら一体の名物で、異
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