、明るくなった。」
 と思わず言った。
 釣ランプが、真新しい、明《あかる》いのに取換ったのである。
「お待遠様、……済みません。」
「どういたしまして、飛んだ御無理をお願い申して。」
 女房は崩れた鬢《びん》の黒い中から、思いのほか白い顔で莞爾《にっこり》して、
「私どもでは難有《ありがた》いんでございますけれども、まあ、何しろ、お月様がいらっしって下さると可いんですけれども。」
 その時、一列に蒲鉾形《かまぼこがた》に反《そ》った障子を左右に開けると、ランプの――小村さんが用心に蔓《つる》を圧《おさ》えた――灯が一煽《ひとあおり》、山気が颯《さっ》と座に沁みた。
「一昨晩の今頃は、二かさも三かさも大《おおき》い、真円《まんまる》いお月様が、あの正面へお出《いで》なさいましてございますよ。あれがね旦那、鏡台山《きょうだいざん》でございますがね、どうも暗うございまして。」
「音に聞いた。どれ、」
 と立つと、ぐらぐらとなる……
「おっと。」
 欄干につかまって、蝸牛《かたつむり》という身で、背を縮めながら首を伸ばし、
「漆で塗ったようだ、ぼっと霧のかかった処は研出《とぎだ》しだね。」

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