で開けるわけには参りませんの。)
ぶるぶるぶる……私《わっし》あ、頭と嘴《くちばし》を一所に振った。旦那の前《めえ》だが、……指を曲げて、口を押えて、瞼《まぶた》へ指の環を当がって、もう一度頭を掉《ふ》った。それ、鍵の手は、内証で遣《や》っても、たちまちお目玉。……不可《いけね》えてんだ、お前さん。
(御法度《ごはっと》だ。)
と重く持たせて、
(ではござれども、姉さんの事だ、遣らかしやしょう、大達引《おおたてひき》。奥様のお記念《かたみ》だか、何だか知らねえ。成程こいつあ、そのな、へッへッ、誰方《どなた》かに向っての姉さんの心意気では……お邪魔になるでございましょうよ。奥歯にものが挟まったって譬《たとえ》はこれだ。すっぱり、打開《ぶちま》けてお出しなせえまし。)
(いえ、あの、開けて出すよりか、私が中へ入りたい。)
と仇気《あどけ》なく莞爾《にっこり》すら、チェーしたもんだ。
(御串戯《ごじょうだん》で、中へ入ると、恐怖《おっかね》え、その亡くなった奥さんの骨《こつ》があるんじゃありませんかい。)
(もう、私は、あの、奥さまの、その骨《ほね》になりたいの。)
ああ、その骨になりたいか、いや、その骨でこっちは海月《くらげ》だ、ぐにゃりとなった。
(御勝手だ。)
(あれ、そのかわりに奥さまが、活きた私におなんなさる、容色《きりょう》は、たとえこんなでも。)
(御勝手だ。いや、御法度だね。)
(そんな事を言わないで、後生ですから、鋳掛屋さん。)
(開けますよ。だがね……)
と、一つ勿体《もったい》で、
(こいつあ口伝《くでん》だ、見ちゃ不可《いけね》え、目を瞑《つぶ》っていておくんなさい。)
(はい。)
(もっと。)
(はい。)
(不可《いけね》え不可え、薄目を開けてら。)
(まあ、では後を向きますわ。)
(引《ひき》しまって、ふっくりと柔《やわら》かで、ああ、堪《たま》らねえ腰附だ。)
(可厭《いや》……知りませんよ。)
と向直ると、串戯《じょうだん》の中にしんみりと、
(あれ、ちょっと待って下さいまし。いま目をふさいで考えますと、お許《ゆるし》がないのに錠前を開けるのは、どうも心が済みません。神様、仏様に、誓文《せいもん》して、悪い心でなくっても、よくない事だと存じます。)
私《わっし》も真面目《まじめ》にうなずきました。
(でも、合鍵は拵えて下さいま
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