聞きなせえ。」
 すっとこ被《かぶ》りで、
 襟を敲《たた》いて、
「どんつくで出ましたわ……見えがくれに行《ゆ》く段取だから、急ぐにゃ当らねえ。別して先方《さき》は足弱だ。はてな、ここらに色鳥の小鳥の空蝉《うつせみ》、鴛鴦《おしどり》の亡骸《なきがら》と言うのが有ったっけと、酒の勢《いきおい》、雪なんざ苦にならねえが、赤い鼻尖《はなさき》を、頬被《ほおかぶり》から突出して、へっぴり腰で嗅《か》ぐ工合は、夜興引《よこひき》の爺《じじい》が穴一のばら銭《ぜに》を探すようだ。余計な事でございますがね――性《しょう》が知れちゃいましても、何だか、婦《おんな》の二人の姿が、鴛鴦の魂がスッと抜出したようでなりませんや。この辺だっけと、今度は、雪まじりに鳥の羽より焼屑《やけくず》が堆《うずたか》い処を見着けて、お手向《たむけ》にね、壜《びん》の口からお酒を一雫《ひとしずく》と思いましたが、待てよと私《わっし》あ考えた、正覚坊じゃアあるめえし、鴛鴦が酒を飲むやら、飲ねえやら。いっその事だと、手前の口へね、喇叭《らつぱ》と遣《や》った……こうすりゃ鳥の精がめしあがると同じ事だと……何しろ腹ン中は鴛鷲で一杯でございました。」
 女房が肥《ふと》った膝で、畳に当って、
「藤助さんよ。」
「ああ。」
「酒の話じゃあないじゃあないかね、ねえ、旦那方。」
「何しろ、そこで。」
 と、促せば、
「と二人はもう雑木林の崖に添って、上りを山路《やまみち》に懸《かか》っています。白い中を、ふつふつと、真紅《まっか》な鳥のたつように、向うへ行《ゆ》く。……一軒、家だか、穴だか知れねえ、えた、非人の住んでいそうな、引傾《ひっかし》いだ小屋に、筵《むしろ》を二枚ぶら下げて、こいつが戸になる……横の羽目に、半分ちぎれた浪花節《なにわぶし》の比羅《びら》がめらめらと動いているのがありました、それが宿《しゅく》はずれで、もう山になります。峠を越すまで、当分のうち家らしいものはございませんや。
 水の音が聞えます。ちょろちょろ水が、青いように冷く走る。山清水の小流《こながれ》のへりについてあとを慕いながら、いい程合で、透かして見ると、坂も大分急になった石※[#「石+鬼」、第4水準2−82−48]道《いしころみち》で、誰がどっちのを解いたか、扱帯《しごき》をな、一条《ひとすじ》、湯女《ゆな》の手から後《うしろ》に取
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