怪談女の輪
泉鏡花
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)枕《まくら》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)取※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)じと/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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枕《まくら》に就《つ》いたのは黄昏《たそがれ》の頃《ころ》、之《これ》を逢魔《あふま》が時《とき》、雀色時《すゞめいろどき》などといふ一日《いちにち》の内《うち》人間《にんげん》の影法師《かげぼふし》が一番《いちばん》ぼんやりとする時《とき》で、五時《ごじ》から六時《ろくじ》の間《あひだ》に起《おこ》つたこと、私《わたし》が十七の秋《あき》のはじめ。
部屋《へや》は四疊《よでふ》敷《し》けた。薄暗《うすぐら》い縱《たて》に長《なが》い一室《いつしつ》、兩方《りやうはう》が襖《ふすま》で何室《どつち》も他《ほか》の座敷《ざしき》へ出入《でいり》が出來《でき》る。詰《つま》り奧《おく》の方《はう》から一方《いつぱう》の襖《ふすま》を開《あ》けて、一方《いつぱう》の襖《ふすま》から玄關《げんくわん》へ通拔《とほりぬ》けられるのであつた。
一方《いつぱう》は明窓《あかりまど》の障子《しやうじ》がはまつて、其外《そのそと》は疊《たゝみ》二疊《にでふ》ばかりの、しツくひ叩《だたき》の池《いけ》で、金魚《きんぎよ》も緋鯉《ひごひ》も居《ゐ》るのではない。建物《たてもの》で取※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《とりま》はした此《こ》の一棟《ひとむね》の其池《そのいけ》のある上《うへ》ばかり大屋根《おほやね》が長方形《ちやうはうけい》に切開《きりひら》いてあるから雨水《あまみづ》が溜《たま》つて居《ゐ》る。雨落《あまおち》に敷詰《しきつ》めた礫《こいし》には苔《こけ》が生《は》えて、蛞蝓《なめくぢ》が這《は》ふ、濕《し》けてじと/\する、内《うち》の細君《さいくん》が元結《もとゆひ》をこゝに棄《す》てると、三七《さんしち》二十一日《にじふいちにち》にして化《くわ》して足卷《あしまき》と名《な》づける蟷螂《かまきり》の腹《はら》の寄生蟲《きせいちう》となるといつて塾生《じゆくせい》は罵《のゝし》つた。池《いけ》を圍《かこ》んだ三方《さんぱう》の羽目《はめ》は板《いた》が外《はづ》れて壁《かべ》があらはれて居《ゐ》た。室數《へやかず》は總體《そうたい》十七もあつて、庭《には》で取※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《とりまは》した大家《たいけ》だけれども、何百年《なんびやくねん》の古邸《ふるやしき》、些《すこし》も手《て》が入《はひ》らないから、鼠《ねずみ》だらけ、埃《ほこり》だらけ、草《くさ》だらけ。
塾生《じゆくせい》と家族《かぞく》とが住《す》んで使《つか》つてゐるのは三室《みま》か四室《よま》に過《す》ぎない。玄關《げんくわん》を入《はひ》ると十五六疊《じふごろくでふ》の板敷《いたじき》、其《それ》へ卓子《テエブル》椅子《いす》を備《そな》へて道場《だうぢやう》といつた格《かく》の、英漢數學《えいかんすうがく》の教場《けうぢやう》になつて居《ゐ》る。外《そと》の蜘蛛《くも》の巣《す》の奧《おく》には何《なに》が住《す》んでるか、内《うち》の者《もの》にも分《わか》りはせなんだ。
其日《そのひ》から數《かぞ》へて丁度《ちやうど》一週間前《いつしうかんまへ》の夜《よ》、夜學《やがく》は無《な》かつた頃《ころ》で、晝間《ひるま》の通學生《つうがくせい》は歸《かへ》つて了《しま》ひ、夕飯《ふゆはん》が濟《す》んで、私《わたし》の部屋《へや》の卓子《つくゑ》の上《うへ》で、燈下《とうか》に美少年録《びせうねんろく》を讀《よ》んで居《ゐ》た。
一體《いつたい》塾《じゆく》では小説《せうせつ》が嚴禁《げんきん》なので、うつかり教師《けうし》に見着《みつ》かると大目玉《おほめだま》を喰《く》ふのみならず、此《この》以前《いぜん》も三馬《さんば》の浮世風呂《うきよぶろ》を一册《いつさつ》沒收《ぼつしう》されて四週間《ししうかん》置放《おきつぱな》しにされたため、貸本屋《かしほんや》から嚴談《げんだん》に逢《あ》つて、大金《たいきん》を取《と》られ、目《め》を白《しろ》くしたことがある。
其夜《そのよ》は教師《けうし》も用達《ようたし》に出掛《でか》けて留守《るす》であつたから、良《やゝ》落着《おちつ》いて讀《よ》みはじめた。やがて、
[#ここから4字下げ]
二足《にそく》つかみの供振《ともぶり》を、見返《みかへ》るお夏《なつ》は手《て》を上《あ》げて、憚樣《はゞかりさま》やとばかりに、夕暮近《ゆふぐれぢか》き野路《のぢ》の雨《あめ》、思《おも》ふ男《をとこ》と相合傘《あひあひがさ》の人目《ひとめ》稀《まれ》なる横※[#「さんずい+散」、42−3]《よこしぶき》、濡《ぬ》れぬ前《きき》こそ今《いま》はしも、
[#ここで字下げ終わり]
と前後《ぜんご》も辨《わきま》へず讀《よ》んで居《ゐ》ると、私《わたし》の卓子《つくゑ》を横《よこ》に附着《つきつ》けてある件《くだん》の明取《あかりとり》の障子《しやうじ》へ、ぱら/\と音《おと》がした。
忍《しの》んで小説《せうせつ》を讀《よ》む内《うち》は、木《き》にも萱《かや》にも心《こゝろ》を置《お》いたので、吃驚《びつくり》して、振返《ふりかへ》ると、又《また》ぱら/\ぱら/\といつた。
雨《あめ》か不知《しら》、時《とき》しも秋《あき》のはじめなり、洋燈《ランプ》に油《あぶら》をさす折《をり》に覗《のぞ》いた夕暮《ゆふぐれ》の空《そら》の模樣《もやう》では、今夜《こんや》は眞晝《まひる》の樣《やう》な月夜《つきよ》でなければならないがと思《おも》ふ内《うち》も猶《なほ》其音《そのおと》は絶《た》えず聞《きこ》える。おや/\裏庭《うらには》の榎《えのき》の大木《たいぼく》の彼《あ》の葉《は》が散込《ちりこ》むにしては風《かぜ》もないがと、然《さ》う思《おも》ふと、はじめは臆病《おくびやう》で障子《しやうじ》を開《あ》けなかつたのが、今《いま》は薄氣味惡《うすきみわる》くなつて手《て》を拱《こまぬ》いて、思《おも》はず暗《くら》い天井《てんじやう》を仰《あふ》いで耳《みゝ》を澄《す》ました。
一分《いつぷん》、二分《にふん》、間《あひだ》を措《お》いては聞《きこ》える霰《あられ》のやうな音《おと》は次第《しだい》に烈《はげ》しくなつて、池《いけ》に落込《おちこ》む小※[#「さんずい+散」、42−12]《こしぶき》の形勢《けはひ》も交《まじ》つて、一時《いちじ》は呼吸《いき》もつかれず、ものも言《い》はれなかつた。だが、しばらくして少《すこ》し靜《しづ》まると、再《ふたゝ》びなまけた連續《れんぞく》した調子《てうし》でぱら/\。
家《いへ》の内《うち》は不殘《のこらず》、寂《しん》として居《ゐ》たが、この音《おと》を知《し》らないではなく、いづれも聲《こゑ》を飮《の》んで脈《みやく》を數《かぞ》へて居《ゐ》たらしい。
窓《まど》と筋斜《すぢかひ》に上下《うへした》差向《さしむか》つて居《ゐ》る二階《にかい》から、一度《いちど》東京《とうきやう》に來《き》て博文館《はくぶんくわん》の店《みせ》で働《はたら》いて居《ゐ》たことのある、山田《やまだ》なにがしといふ名代《なだい》の臆病《おくびやう》ものが、あてもなく、おい/\と沈《しづ》んだ聲《こゑ》でいつた。
同時《どうじ》に一室《ひとま》措《お》いた奧《おく》の居室《へや》から震《ふる》へ聲《ごゑ》で、何《なん》でせうね。更《さら》に、一寸《ちよつと》何《なん》でせうね。止《や》むことを得《え》ず、えゝ、何《なん》ですか、音《おと》がしますが、と、之《これ》をキツカケに思《おも》ひ切《き》つて障子《しやうじ》を開《あ》けた。池《いけ》はひつくりかへつても居《を》らず、羽目板《はめいた》も落《お》ちず、壁《かべ》の破《やぶれ》も平時《いつも》のまゝで、月《つき》は形《かたち》は見《み》えないが光《ひかり》は眞白《まつしろ》にさして居《ゐ》る。とばかりで、何事《なにごと》も無《な》く、手早《てばや》く又《また》障子《しやうじ》を閉《し》めた。音《おと》はかはらず聞《きこ》えて留《や》まぬ。
處《ところ》へ、細君《さいくん》はしどけない寢衣《ねまき》のまゝ、寢《ね》かしつけて居《ゐ》たらしい、乳呑兒《ちのみご》を眞白《まつしろ》な乳《ちゝ》のあたりへしつかりと抱《だ》いて色《いろ》を蒼《あを》うして出《で》て見《み》えたが、ぴつたり私《わたし》の椅子《いす》の下《もと》に坐《すわ》つて、石《いし》のやうに堅《かた》くなつて目《め》を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》つて居《ゐ》る。
おい山田《やまだ》下《お》りて來《こ》い、と二階《にかい》を大聲《おほごゑ》で呼《よ》ぶと、ワツといひさま、けたゝましく、石垣《いしがき》が崩《くづ》れるやうにがたびしと駈《か》け下《お》りて、私《わたし》の部屋《へや》へ一所《いつしよ》になつた。いづれも一言《ひとこと》もなし。
此上《このうへ》何事《なにごと》か起《おこ》つたら、三人《さんにん》とも團子《だんご》に化《な》つてしまつたらう。
何《なん》だか此池《このいけ》を仕切《しき》つた屋根《やね》のあたりで頻《しきり》に礫《つぶて》を打《う》つやうな音《おと》がしたが、ぐる/\渦《うづ》を卷《ま》いちやあ屋根《やね》の上《うへ》を何十《なんじふ》ともない礫《つぶて》がひよい/\駈《か》けて歩行《ある》く樣《やう》だつた。をかしいから、俺《おれ》は門《もん》の處《ところ》に立《た》つて氣《き》を取《と》られて居《ゐ》たが、變《へん》だなあ、うむ、外《そと》は良《い》い月夜《つきよ》で、蟲《むし》の這《は》ふのが見《み》えるやうだぜ、恐《おそろ》しく寒《さむ》いぢやあないか、と折《をり》から歸《かへ》つて來《き》た教師《けうし》はいつたのである。
幸《さいは》ひ美少年録《びせうねんろく》も見着《みつ》からず、教師《けうし》は細君《さいくん》を連《つ》れて別室《べつしつ》に去《さ》り、音《おと》も其《それ》ツ切《きり》聞《きこ》えずに濟《す》んだ。
夜《よ》が明《あ》けると、多勢《おほぜい》の通學生《つうがくせい》をつかまへて、山田《やまだ》が其《その》吹聽《ふいちやう》といつたらない。鵺《ぬえ》が來《き》て池《いけ》で行水《ぎやうずゐ》を使《つか》つたほどに、事《こと》大袈裟《おほげさ》に立到《たちいた》る。
其奴《そいつ》引捕《ひつとら》へて呉《く》れようと、海陸軍《かいりくぐん》を志願《しぐわん》で、クライブ傳《でん》、三角術《さんかくじゆつ》などを講《かう》じて居《ゐ》る連中《れんぢう》が、鐵骨《てつこつ》の扇《あふぎ》、短刀《たんたう》などを持參《ぢさん》で夜更《よふけ》まで詰懸《つめかけ》る、近所《きんじよ》の仕出屋《しだしや》から自辨《じべん》で兵糧《ひやうらう》を取寄《とりよ》せる、百目蝋燭《ひやくめらふそく》を買入《かひい》れるといふ騷動《さうどう》。
四五日《しごにち》經《た》つた、が豪傑連《がうけつれん》何《なん》の仕出《しだ》したこともなく、無事《ぶじ》にあそんで靜《しづ》まつて了《しま》つた。
扨《さて》其黄昏《そのたそがれ》は、少《すこ》し風《かぜ》の心持《こゝろもち》、私《わたし》は熱《ねつ》が出《で》て惡寒《さむけ》がしたから掻卷《かいまき》にくるまつて、轉寢《うたゝね》の内《うち》も心《こゝろ》が置《お》かれる小説《せうせつ》の搜索《さうさく》をされまいため、貸本《かしほん》を藏《かく》してある件《くだん》の押入《おしい
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