》は手《て》を上《あ》げて、憚樣《はゞかりさま》やとばかりに、夕暮近《ゆふぐれぢか》き野路《のぢ》の雨《あめ》、思《おも》ふ男《をとこ》と相合傘《あひあひがさ》の人目《ひとめ》稀《まれ》なる横※[#「さんずい+散」、42−3]《よこしぶき》、濡《ぬ》れぬ前《きき》こそ今《いま》はしも、
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と前後《ぜんご》も辨《わきま》へず讀《よ》んで居《ゐ》ると、私《わたし》の卓子《つくゑ》を横《よこ》に附着《つきつ》けてある件《くだん》の明取《あかりとり》の障子《しやうじ》へ、ぱら/\と音《おと》がした。
忍《しの》んで小説《せうせつ》を讀《よ》む内《うち》は、木《き》にも萱《かや》にも心《こゝろ》を置《お》いたので、吃驚《びつくり》して、振返《ふりかへ》ると、又《また》ぱら/\ぱら/\といつた。
雨《あめ》か不知《しら》、時《とき》しも秋《あき》のはじめなり、洋燈《ランプ》に油《あぶら》をさす折《をり》に覗《のぞ》いた夕暮《ゆふぐれ》の空《そら》の模樣《もやう》では、今夜《こんや》は眞晝《まひる》の樣《やう》な月夜《つきよ》でなければならないがと思《おも》ふ内《うち》も猶《なほ》其音《そのおと》は絶《た》えず聞《きこ》える。おや/\裏庭《うらには》の榎《えのき》の大木《たいぼく》の彼《あ》の葉《は》が散込《ちりこ》むにしては風《かぜ》もないがと、然《さ》う思《おも》ふと、はじめは臆病《おくびやう》で障子《しやうじ》を開《あ》けなかつたのが、今《いま》は薄氣味惡《うすきみわる》くなつて手《て》を拱《こまぬ》いて、思《おも》はず暗《くら》い天井《てんじやう》を仰《あふ》いで耳《みゝ》を澄《す》ました。
一分《いつぷん》、二分《にふん》、間《あひだ》を措《お》いては聞《きこ》える霰《あられ》のやうな音《おと》は次第《しだい》に烈《はげ》しくなつて、池《いけ》に落込《おちこ》む小※[#「さんずい+散」、42−12]《こしぶき》の形勢《けはひ》も交《まじ》つて、一時《いちじ》は呼吸《いき》もつかれず、ものも言《い》はれなかつた。だが、しばらくして少《すこ》し靜《しづ》まると、再《ふたゝ》びなまけた連續《れんぞく》した調子《てうし》でぱら/\。
家《いへ》の内《うち》は不殘《のこらず》、寂《しん》として居《ゐ》たが、この音《おと》を知《し》らないではなく、
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