ひと》ツ向《むか》うの廣室《ひろま》へ行《ゆ》かうと、あへぎ/\六疊敷《ろくでふじき》を縱《たて》に切《き》つて行《ゆ》くのだが、瞬《またゝ》く内《うち》に凡《およ》そ五百里《ごひやくり》も歩行《ある》いたやうに感《かん》じて、疲勞《ひらう》して堪《た》へられぬ。取縋《とりすが》るものはないのだから、部屋《へや》の中央《まんなか》に胸《むね》を抱《いだ》いて、立《た》ちながら吻《ほつ》と呼吸《いき》をついた。
 まあ、彼《あ》の恐《おそろ》しい所《ところ》から何《ど》の位《くらゐ》離《はな》れたらうと思《おも》つて怖々《こは/″\》と振返《ふりかへ》ると、ものの五尺《ごしやく》とは隔《へだ》たらぬ私《わたし》の居室《ゐま》の敷居《しきゐ》を跨《また》いで明々地《あからさま》に薄紅《うすくれなゐ》のぼやけた絹《きぬ》に搦《から》まつて蒼白《あをじろ》い女《をんな》の脚《あし》ばかりが歩行《ある》いて來《き》た。思《おも》はず駈《か》け出《だ》した私《わたし》の身體《からだ》は疊《たゝみ》の上《うへ》をぐる/\まはつたと思《おも》つた。其《そ》のも一《ひと》ツの廣室《ひろま》を夢中《むちう》で突切《つツき》つたが、暗《くら》がりで三尺《さんじやく》の壁《かべ》の處《ところ》へ突當《つきあた》つて行處《ゆきどころ》はない、此處《こゝ》で恐《おそろ》しいものに捕《とら》へられるのかと思《おも》つて、あはれ神《かみ》にも佛《ほとけ》にも聞《きこ》えよと、其壁《そのかべ》を押破《おしやぶ》らうとして拳《こぶし》で敲《たゝ》くと、ぐら/\として開《あ》きさうであつた。力《ちから》を籠《こめ》て、向《むか》うへ押《お》して見《み》たが效《かう》がないので、手許《てもと》へ引《ひ》くと、颯《さつ》と開《ひら》いた。
 目《め》を塞《ふさ》いで飛込《とびこ》まうとしたけれども、あかるかつたから驚《おど》いて退《さが》つた。
 唯《と》見《み》ると、床《とこ》の間《ま》も何《なん》にもない。心持《こゝろもち》十疊《じふでふ》ばかりもあらうと思《おも》はれる一室《ひとま》にぐるりと輪《わ》になつて、凡《およ》そ二十人餘《にじふにんあまり》女《をんな》が居《ゐ》た。私《わたし》は目《め》まひがした故《せゐ》か一人《ひとり》も顏《かほ》は見《み》なかつた。又《また》顏《かほ》のある者《もの》と
前へ 次へ
全9ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング